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東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)107号 判決

一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがなく、第一及び第二引用例の各記載内容が審決摘示のとおりであること、第一引用例記載の発明と本願発明とは、第一引用例には本願発明のA及びB構成を有する梨地処理したアルミニウム板並びに偏光板の平均透過率の点の記載がない点で相違するが、その余の点では差異がないことも当事者間に争いがない(なお、A及びB構成に関し波長領域を四〇〇~八〇〇nmとした点及び反射板を梨地処理したアルミニウム板とした点は典型的な可視光線の波長領域及び公知の反射板について記載したにすぎず(審決の理由の要点(二)(3)の(ハ)、(ニ))、また、偏光板の平均透過率を限定した点も慣用の偏光板について記載したものにすぎない(同(三)(5))から、いずれも格別の構成とはいえないことも当事者間に争いがない。)。

二 前記当事者間に争いのない本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証の一(本願発明の特許公報)、同号証の二(昭和五九年一月九日付手続補正書)及び同号証の三(昭和六〇年五月二九日付手続補正書)(以上を総称して「本願明細書」という。)を総合すれば、本願発明に係る反射型液晶表示素子は、透明電極を有する二枚の透明基板の間に液晶を充填し、各透明基板の外側にそれぞれ偏光板を配置するとともに、観察側の反対側に位置する偏光板の後方に反射板を設けてなるものであること(別紙図面(一)参照)、従来、この種装置において、反射板として金属板や金属を蒸着したものを用いたものは、鏡面反射率が高い一方で拡散反射率が低いために、生理的に不快なギラツキが発生するばかりか、観察角度による明るさの不均一や表示部と背景部とのコントラストの低下が著しく、観察角度が大きく限定されるという問題があり、また、拡散反射率の大きな反射板を用いたものも、明るい表示が得られなかつたり、表示を明るくすると今度はギラツキが生じる等の問題があつたこと、本願発明は、以上のような実状に鑑み、満足のいく明るい表示とその明るさに均一性をもち、かつ不快なギラツキのない反射型液晶表示素子を提供することを目的として、前記本願発明の要旨のとおりの構成、すなわち、反射板(梨地処理したアルミニウム板)の全光拡散反射率を六〇%以上(A構成)、反射角二五度と三五度の拡散反射光の強度比を一対〇・四五~〇・七〇(B構成)とする構成を採用したものであることが認められる。

しかして、前記のとおり格別の構成でないことにつき当事者間に争いのない反射板を梨地処理したアルミニウム板とした点及び偏光板の平均透過率を限定した点を除けば、該反射板の全光拡散反射率等をA及びB構成のとおりとした以外の点では本願発明と第一引用例記載の発明に差異はないところ(前記のとおりこの点も当事者間に争いがない。)、第二引用例においても本願発明の反射板である「梨地処理したアルミニウム板」と同様のものが用いられていること(この点も当事者間に争いがない。)に徴すれば、本願発明は、従来の反射板と異なる構造を有するものの創作に係るものではなく、第二引用例にみられる既存の反射板を前提として、全光拡散反射率(A構成)と特定角度における拡散反射光の強度比(B構成)の点から、良好な表示性が得られる反射板の特性を具体的数値によつて限定した点に特徴を有するものと解することができる。

三 取消事由に対する判断

1 原告は前記数値限定の臨界的意義を主張し、被告はこれを争うところ、この点に関する原告の主張は、取消事由(1)ないし(3)のすべてに関連するので、まず、この点について判断する。

(一) 前掲甲第二号証の二、三によれば、本願明細書中には、本願発明のA及びB構成の数値範囲に含まれる特性を有する反射板(実施例1ないし9)と右数値範囲外の特性を有する反射板(比較例1ないし4)を液晶セルに組込んで視覚的評価テスト(官能評価テスト)を行なつた結果が別表のとおりであつた旨の記載があることが認められる。

(二) しかして、右実施例及び比較例の結果は、本願明細書中にはその調査方法につき「反射板を液晶セルに組込んで試験した」又は「表示を観察したところ」との記載があるのみでその詳細に関して何らの記載もなく、また、この種官能に基づく評価テストは人間の感覚に頼らざるを得ないという点で、少なくとも厳密な意味で数値範囲を問題にする際には真に適切なものであるか否かが疑問であるといわざるを得ないのみならず、その点を措いても、該結果によつては、例えば、反射板の全光拡散反射率がA構成の示す数値範囲の最小値である六〇%又は最大値である一〇〇%(一〇〇%のものが実際にはあり得ないとしてもそれに近いもの)であり、反射角二五度の拡散反射光に対する反射角三五度の拡散反射光の強度比かB構成の示す最小値である〇・四五又は最大値である〇・七〇である場合の表示性をいずれも明確には知り得ないことに照らし、A及びB構成の数値範囲の臨界的意義を裏付けるものということはできないし、また、審決も指摘するように、前掲甲第二号証の二によれば、本願明細書に「特に前記強度比が〇・五〇~〇・六五であるものは極めて良い結果を齎らす。更に全光拡散反射率として六五%以上、特に七〇%以上であれば一層優れた反射型液晶表示素子の反射板の性能を示すものである。」(八頁一〇行ないし一四行)との記載があることが認められるところ、表示性は元来なだらかに変化するものであり、それなればこそ、右記載のようにA及びB構成の数値範囲内においてもなお表示性の差がみられるところであつて、右に記載された数値が表示性についての特段の効果をなす臨界的意義を有するものと認めるべき決定的な資料は見出しがたい。

(三) そうであれば、審決指摘のとおり、本願発明のA及びB構成における数値範囲に原告主張のような臨界的意義を認めることはできないものというべきである。

2 取消事由(1)について

(一) まず、A構成がギラツキの許容限度をも示す構成要件である旨の原告の主張について検討するに、前記当事者間に争いのない本願発明の要旨によれば、「全拡散反射率六〇%以上」との規定の半面として読み取り得るのが「光吸収率A%と鏡面反射率B%の合計値を四〇%以上」とする点のみであることは明らかであり、また、そのうちギラツキの許容限度を示す指標となるのが鏡面反射率であることは当事者間に争いがないところ、本願発明が光吸収率又は鏡面反射率のいずれをも特定していないことは右本願発明の要旨に照らし明らかであり、したがつて具体的に鏡面反射率の値を知ることもできない以上、A構成がギラツキと無関係ではないとはいい得ても、原告主張のようにギラツキについての許容限度を示す構成要件であるとまでいうことができないことは明らかであるから、原告の右主張は採用の限りでない。

(二) 次に、原告は、審決が、鏡面反射率を含む光反射率に関する一般のアルミニウムの反射率及び周知例記載の反射率によつて鏡面反射率を含まない全光拡散反射率に関するA構成の容易推考性の判断資料とした点の誤りを主張するところ、審決摘示に係る一般のアルミニウムの反射率及び周知例記載の反射率が光反射率(鏡面反射率と拡散反射率の合計)に関するものであり、一方、A構成が全光拡散反射率(拡散反射率)に関するものであることは当事者間に争いがない。しかしながら、一般のアルミニウムについてはとも角、映写スクリーンにおいては、その特性として高輝度(明るさ)とともに入射光路付近の観客ばかりでなく周辺部の観客にも見やすい映像を提供する必要があるところ(この点についても当事者間に争いがない。)、どの位置の観客に対しても均一な映像を提供するためにはスクリーンの拡散反射率を高め可及的に鏡面反射率を減少することを要することは自明であることに照らせば鏡面反射率の値はさほど大きなものでないことが推認され、また、成立に争いのない甲第六号証(周知例)の一〇一四頁の表Ⅲによれば、「Specially treated aluminium」(同号証一〇一三頁ないし一〇一九頁の訳文六頁二五行ないし七頁二五行の記載によると踏付け圧延加工したアルミニウム箔で微小な樹皮状表面を有するものと認められる。)の反射率(光反射率)は本願発明とほぼ同様の四〇〇ないし七〇〇mμ(nm)の波長領域において八四%前後であることが認められることに徴すれば、右数値に鏡面反射率が含まれていることを考慮しても鏡面反射率を除いた拡散反射率は六〇%以上あるものと考えるのが自然であるから(なお成立に争いのない甲第一五号証は、本願発明の実施品と同様の表面特性を有する梨地処理したアルミニウム板についての測定値を示すものであるが、そのうちの鏡面反射率の値が〇・六ないし四・五%であることに徴しても、一般にこの種拡散反射面の鏡面反射率がさほど大きなものでないことが窺われる。)、右反射率をもつてA構成の容易推考性を判断したとしても誤りということはできない。

(三) 更に、原告は、周知例は映写スクリーンに関するものであるから、本願発明に係る反射型液晶表示素子の反射板とは技術的関連性を欠き、また、技術課題も異なる旨主張するが、映写スクリーンもスクリーンの反射光によつて観客に映像を提供するものである以上、明るい表示面を得るために高い反射特性を有すべきことは当然であり、映写スクリーンが高い反射特性を有し、拡散反射面とすることにより視野角を増大し、角度依存率を一定のものとすることにより表示性を良くするとの課題を有するものであること(審決の理由の要点(三)(3))は原告も争わないところであるから、映写スクリーンと反射型液晶表示素子の反射板との間に原告主張のような相違点があることを考慮に入れても、両者が共通の課題を有することは明らかであり、また、拡散反射面の利用技術という点で両者に技術的関連性があることも明らかであるから、この点に関する原告の主張も採用しがたい。

(四) そうであれば、審決が、周知例記載の反射率をもつてA構成の容易推考性の判断資料とした点を誤りということはできず、これによれば、アルミニウムを用いた拡散反射体で六〇%以上の拡散反射率を有するものが本願出願前公知であつたものと認めることができ、また、表示面を明るくするために本願発明のアルミニウム板を梨地処理したものと同じ反射層を用いた反射型液晶表示素子が第二引用例により本願出願前公知となつていた点及びアルミニウムが本願発明と同様の波長領域で九〇%程度の反射率を有することが周知である点(審決の理由の要点(二)(3)(イ)の<1>、<2>)については当事者間に争いがなく、前記のとおりA構成の数値範囲に臨界的意義を認めることもできないのであるから、A構成は当業者が適宜設定すべき設計事項にすぎないものというべきところ、これと同旨に出た審決の認定判断は正当であつて、原告主張の取消事由(1)は理由がない(なお、甲第八号証の二の参考図についての誤解に関する原告の主張は、仮に原告主張のとおりであるとしても、右結論に影響を及ぼすものではない。)。

3 取消事由(2)について

(一) 前記当事者間に争いのない事実及び前掲甲第二号証の一及び三並びに弁論の全趣旨に徴すれば、B構成は、拡散反射面による拡散反射光の強度は反射角θによつて変化するところ(本願明細書ではこれを「光拡散反射率の角度依存性」と呼んでいる。)(甲第二号証の二の訂正明細書五頁一〇行ないし一八行)、その変化があまり大きいときは観察角度によつて表示面の明るさが急激に変化することになり、そのようなものは表示面の表示性の観点から不都合であるため、右角度依存性を反射角二五度の拡散反射光に対する反射角三五度の全拡散反射光の強度比で表現し、これを一定の値にすることによつて、通常の観察角度内での表示の明るさに均一性をもたせようとした点に技術的意義を求めたものと認めることができる。

(二) 一方、反射角二五度の拡散反射光に対する反射角三五度の拡散反射光の強度比が、完全鏡面の場合は零、完全拡散面の場合は〇・九〇であることは当事者間に争いがなく(審決の理由の要点(二)(3)(ロ)の<2>)、これによれば、通常の拡散反射面の右強度比が零と〇・九〇との間にあることは明らかであるところ、成立に争いのない甲第四号証(第一引用例)によれば、第一引用例には、白反射器の如く完全拡散面に近いものは偏光を消す作用があるため偏光の利用に係る反射型液晶表示素子の反射板としては好ましくなく、一方、金属化反射器の如く完全鏡面に近いものも観察角度が極めて制約されたり、ギラツキが発生する点で不適当であることが示唆されているものと認めることができ、これをB構成と同様、反射角二五度の拡散反射光に対する反射角三五度の拡散反射光の強度比で表現すれば、同引用例においても右強度比が零と〇・九〇の近傍値を除いた範囲内のものが反射板の特性として好ましい旨示唆しているものであることは明らかである。そして、第一引用例においても明るさの均一性を保つ等本願発明と同様の目的を有するものであること(審決の理由の要点(二)(3)(ロ)の<1>)は当事者間に争いがなく、また、B構成の「〇・四五~〇・七〇」という数値範囲に臨界的意義を認めることができないことも前記のとおりである以上、第一引用例記載のものにおいて、右数値範囲をB構成のようにすることも、設計に際し当業者の容易になし得るところというべきであるから、これと同旨に出た審決の認定判断は正当であつて、原告主張の取消事由(2)も理由がない。

4 取消事由(3)について

本願発明の作用効果は反射型液晶表示素子の表示面の表示性に関するものであるから、観察に十分な明るさ及びその均一性やギラツキの解消の点のすべてを満足しなければ良好な表示性を得ることができないことは明らかであり、また、第一引用例においても、右のような本願発明が目的とする点を目的とするものであることも前記のとおり当事者間に争いがないところであり、A構成及びB構成がそれぞれ表示面の明るさやその均一性に関するものであることも前記2及び3に説示したところから当業者の容易に理解し得るところであり、更に、右説示のとおり、A及びB構成のいずれについても容易推考性を認め得るものである以上、A及びB構成を組合せることに格別の困難性があるものとは認めがたいし、また、その組合せによつて奏し得る効果もA及びB構成からもたらされる効果の総和の域を出るものではなく、また、これを組合せたことにより格別の作用効果や各数値範囲の臨界的意義を認め得るものでもないから、この点でも容易推考性を肯定した審決の認定判断は正当であり、したがつて、原告主張の取消事由(3)も理由がない。

5 以上のとおり原告主張の取消事由はすべて理由がなく、本件全証拠によるもほかに審決を取消すべき事由は見当たらない。

三 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却する。

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